社内で生成AIの話になると、必ず出てくる注意があります。

「AIに個人情報を入れるな」

方針としては正しいのですが、これだけでは現場は動けません。何がどう危ないのかが示されていないので、守る人は過剰に萎縮し、守らない人は何も変えないまま使い続けます。結果として、いちばん危ない使い方だけが残ります。

リスクは「AIが危ない」という塊ではありません。流出には経路があり、経路ごとに起きやすさも対策も違います。分解すると、ほとんど起きないもの、昔からあるクラウドサービスと同じもの、AIならではのものの3つに整理できます。

この記事でわかること:

  • AIで情報が漏れる経路と、それぞれの起きやすさ
  • AI特有のリスクは2つしかないこと、そのうち本当に注意すべきもの
  • 他人の情報をAIに入れてよいかの判断軸と、対策チェックリスト

「入れるな」だけでは運用できない
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一律禁止が機能しない理由は2つあります。

1つは、禁止の範囲が決められないことです。顧客名は個人情報です。では取引先の担当者名は。自分の氏名は。議事録に出てくる社員名は。線を引かずに「個人情報は禁止」と言うと、実務上はほぼすべての業務文書が対象になり、ルールとして成立しません。

もう1つは、抜け道が塞がらないことです。禁止と言われた人は、会社が契約したサービスを使うのをやめます。しかし仕事は減らないので、個人のアカウントで使います。管理の外に出るだけで、リスクはむしろ上がります。

💡 怖がる量ではなく、経路の数で考える
セキュリティの対策は「どれくらい怖いか」では決まりません。「どの経路から入られるか」を数え、ひとつずつ塞いでいく作業です。経路に分けると、自分で塞げるものと、そもそも心配しなくてよいものがはっきり分かれます。

ほとんど起きない経路
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最初に、心配しなくてよいものを外します。ここに不安を割くと、本当に危ない場所に手が回りません。

通信の盗聴
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「入力した内容がネットの途中で盗み見られるのでは」という心配です。

主要なAIサービスの通信はHTTPS(TLS)で暗号化されています。これはネットバンキングやクレジットカード決済と同じ仕組みです。通信経路の途中で中身を読むことは、現実的な攻撃手段としてはまず成立しません。

ネットバンキングを使っている人が、AIの通信だけを心配するのは筋が通りません。

事業者のサーバーへの侵入
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「AI事業者が攻撃されたら漏れるのでは」という心配です。

これはゼロではありません。ただし、Gmailにメールを置くこと、Dropboxにファイルを置くこと、クラウド会計に仕訳を置くことと、同じ土俵の話です。AIだから特別に危ないわけではありません。

判断すべきなのは「AIかどうか」ではなく「その事業者が信頼できるか」です。


実際に起きやすい経路
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ここからが本題です。実際の流出は、AIとは関係のない昔ながらの経路で起きています。

端末のマルウェア感染
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もっとも現実的な経路です。情報窃取型マルウェア(インフォスティーラー)に感染すると、ブラウザに保存されたIDとパスワード、Cookieがまとめて盗まれます。

Cookieを盗まれるとセッションごと乗っ取られるため、パスワードを変えても、2段階認証を設定していても突破されることがあります。そしてAIの会話履歴は、ログインできれば全部読めます。

アカウントの乗っ取り
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パスワードの使い回しと2段階認証なしの組み合わせが、いまだに最大の穴です。他社サービスから流出したパスワードを試されるだけで入られます。

共有リンクの公開設定ミス
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AIの会話には共有リンクを作る機能があります。「リンクを知っている人なら誰でも見られる」設定のまま放置すると、検索に拾われることがあります。これは自分の操作で起きる事故なので、完全に防げます。

事業者側の不具合
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過去には、他人の会話のタイトルが一時的に見えてしまう不具合も報告されています。確率は低いものの、ゼロではありません。

サービスの選び方とデータの保存先
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運営元がはっきりしない無名のAIサービスは、管理体制も保存先の国の法律も分かりません。入力データがどこに保存され、誰が参照できるのかが読めない以上、業務では使わないのが安全です。

添付ファイルのメタデータ
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見落とされやすい経路です。写真には撮影場所の位置情報が、Officeファイルには作成者名や組織名が残っていることがあります。本文に書いていなくても、ファイル経由で渡っています。

経路ごとの起きやすさと、自分で防げるか

経路起きやすさ自分で防げるか
通信の盗聴ほぼ起きない対策不要
事業者への侵入低い事業者選びのみ
端末のマルウェア感染高い防げる
アカウント乗っ取り高い防げる
共有リンクの設定ミス中完全に防げる
事業者側の不具合低い防げない
無名サービスの利用中完全に防げる
ファイルのメタデータ中防げる

太字にした2つが、実際の被害の大半を占めます。そしてどちらもAIとは何の関係もありません。


実例:クラウド上に置いた認証情報が狙われた事案
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2026年10月に起きた、GMOインターネットグループの「お名前.com デスクトップクラウド」への不正アクセスを見てみます。AIサービスではありませんが、「どこから漏れるのか」を考える材料として参考になります。

公表されている経緯は次のとおりです。

  • 10月19日に利用者からの問い合わせで調査が始まり、翌20日に一部のサーバー環境で不正なプログラムが確認された
  • 10月21日に全プランのサーバーを順次停止。影響の可能性があるサーバーは26,739件と公表された
  • 利用者から取引口座の不正操作の報告があり、サーバー内に保存されていた取引ツールのログイン情報が取得された可能性が示された
  • 10月24日に、顧客情報が外部に持ち出された事実が確認されたと公表された
  • 10月27日、攻撃者とみられる者が情報を公開したことを同社が確認したと発表した

ここで重要なのは、侵入経路と原因は、現時点で公式には特定・公表されていないという点です。調査は継続中で、サービスも停止したままです。同社代表は、社内から事前にセキュリティ上の指摘があったものの、対策の深さと速さが足りなかったという趣旨の説明をしています。

⚠️ 件数の読み方に注意
26,739件は「影響を受けた可能性があるサーバーの数」であり、すべてで被害が確認されたわけではありません。調査中の事案では、被害が確定した数と、対象になり得る数が混同されやすいので注意してください。

この事案から読み取れるのは、クラウド上の環境に認証情報を保存していたことが、被害を広げる条件になったということです。侵入そのものより、入られた先に何が置いてあったかが被害の大きさを決めています。

AIも構図は同じです。危ないのは「AIに入力したから」ではなく、「アクセスできる場所に、まとまった情報が置いてある」状態です。


AIならではのリスクは2つだけ
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ここまでは、クラウドサービス全般に共通する話でした。AI固有のリスクは2つに絞られます。

学習への利用
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まず誤解を解いておきます。学習に使われるというのは、第三者があなたの会話を検索して読めるようになる、という意味ではありません。

実際に起きうるのは、入力された情報がモデルの学習データに含まれ、きわめて特徴的な記述が別の回答に現れる可能性です。確率は低いものの、ゼロとは言い切れません。

対策ははっきりしています。多くのサービスでは、設定画面から学習利用をオフにできます。法人向けプランやAPI経由の利用では、既定で学習に使わない契約になっていることが一般的です。設定名や仕様は変わりやすいので、使っているサービスの公式ヘルプで現在の設定を確認してください。

プロンプトインジェクション
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本当に警戒すべきなのはこちらです。

AIにブラウザやPCを操作させる使い方が広がっています。このとき、AIが読み込んだWebページや文書のなかに、人間には見えない形で指示が仕込まれていることがあります。AIがそれを「利用者からの指示」と区別できずに従ってしまうのが、プロンプトインジェクションです。

ページを読ませただけのつもりが、その指示に従ってファイルを外部に送信した、といった事故が起こりえます。

やっかいなのは、これが利用者側の不注意では防ぎきれない点です。対策技術は各社が取り組んでいる最中で、確立したとは言えません。AIに操作を任せる範囲は意識的に絞るべきです。

履歴が積み上がることの意味
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もうひとつ、見落とされがちな点があります。

AIとの会話は蓄積します。家族構成、住所、収入、健康、仕事の悩み。1回ずつは断片でも、数か月分が溜まると、どこにも存在しなかった精度の個人プロフィールが完成します。

アカウントを破られたときの被害は、この蓄積量で決まります。だから「不要な会話は消す」は、地味ですが効く対策です。


他人の情報をAIに入れてよいか
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自分の情報と他人の情報では、考え方が変わります。

漏れる確率は同じです。違うのは2点あります。

1つ目は、判断する人が本人ではないこと。 自分の情報は、自分でリスクを引き受ければ済みます。他人の情報は、本人の同意なしにあなたが判断していることになります。

2つ目は、組み合わさったときの被害です。 名前だけが漏れても実害はほとんどありません。しかし名前、学校名、顔写真、住所が揃うと、個人の特定につながります。危険なのは情報の量ではなく、組み合わせです。

会社の「他人の個人情報は一律禁止」というルールは、漏れる確率の話ではなく、ほとんどの場合責任の話です。本人の同意なく第三者のサービスへデータを渡した、という事実そのものが問題になります。確率論で反論しても噛み合いません。

逆に言えば、預かった目的の範囲内で処理するのであれば、AIを使うこと自体が特別なわけではありません。たとえばアルバム作成のために預かった写真をAIで加工するのは、画像編集ソフトを使うのやネットプリントに出すのと同じ並びです。判断の軸は「AIかどうか」ではなく「預かった目的から外れていないか」です。


対策チェックリスト
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経路が分かれば、やることは絞れます。

優先度順の対策

優先度やること塞げる経路
高2段階認証を設定し、パスワードを使い回さないアカウント乗っ取り
高端末のウイルス対策とOS・ブラウザの更新マルウェア感染
高AIに操作を任せる範囲を絞り、送信・削除は自分で確認するプロンプトインジェクション
中運営体制が確認できるサービスを選ぶ事業者側の問題
中学習利用をオフにし、不要な会話を削除する学習利用・履歴の蓄積
中共有リンクの公開設定を確認する設定ミス
低画像・文書はメタデータを削除してから渡すメタデータ

そのうえで、経路にかかわらず入れないものを決めておきます。

  • パスワード、APIキーなどの認証情報
  • クレジットカード番号、口座番号
  • マイナンバー、各種の公的番号
  • 他人の健康・お金・家族関係に関する情報

これらは漏れたときの回復コストが大きすぎるので、確率の議論をする価値がありません。


PMOはこの問題をどう扱うか
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PMOの仕事には、守るべき規約を現場に周知する役割が含まれます。AI利用のルールが降りてきたとき、それをそのまま流すかどうかで、現場の動きは変わります。

「個人情報は入力禁止」とだけ伝えると、先に書いたとおり、真面目な人ほど手が止まり、管理の外での利用が増えます。経路別に噛み砕いて、何がどう危ないから何をするのかまで示せると、ルールは初めて機能します。

ここは、PMOの経験がそのまま効く領域でもあります。複数の関係者の言い分を整理し、曖昧なものに線を引き、現場が動ける粒度まで落とす。普段やっていることと同じ作業です。

AI活用の旗振りを任される人と、禁止事項の伝言役で終わる人の差は、この一段の整理ができるかどうかで決まります。そしてこの差は、社内の評価だけでなく転職市場での評価にも直結します。AIガバナンスを整理できるPMOは、まだ多くありません。

→ AI時代に何を身につけるかはAI時代のPMOに必要なスキル5つ、その経験が市場でどう見られるかはPMOのスキルは市場で通用するのかで整理しています。


まとめ
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  • 「AIに個人情報を入れるな」だけでは運用できない。範囲が決まらず、管理外での利用を増やすだけになる
  • 通信の盗聴と事業者への侵入は、ほぼ心配しなくてよい。ネットバンキングやクラウドストレージと同じ水準
  • 実際に多いのは端末のマルウェア感染とアカウント乗っ取り。どちらもAIとは無関係で、自分で防げる
  • AI固有のリスクは学習利用とプロンプトインジェクションの2つ。学習利用は設定で切れる。本命は後者で、対策技術は発展途上
  • 他人の情報は確率ではなく責任と組み合わせで考える。預かった目的の範囲内なら、他のツールと同じ並び
  • 漠然と怖がるより、経路をひとつずつ潰すほうが確実に効く

AIを安全に使うことと、AIを使わないことは別です。経路を分けて考えられるようになると、どこまで使ってよいかを自分で判断できるようになります。


出典
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※ 本記事のGMOの事案に関する記述は、2026年10月31日時点で公表されている情報に基づいています。調査は継続中であり、侵入経路や被害の範囲は今後の発表で変わる可能性があります。最新の状況は各社の公式発表をご確認ください。